
なんつーか、気持ちいい本だった。
ここ半月で何度も気になったとこを読んどる。
建築、なんか好きかも。
おれはいっぱい夢を見る〜♪
もっともっと大っきな夢をワクワクくんより、わくわくして見ようと思った。
死ぬまで少年だ。
下記、引用。
建物を設計する建築家がはじめに考えることは、自分の好きな場所、気持ちのよい場所を発見し、それに具体的なものと寸法を与えることだ。素材、かたち、大きさ、光と風、水と緑、土と石などを配置し、つくり上げ、気持ちのいい場所であるように秩序をつくる、それが仕事だ。
(中略)
どのような職業であっても、経験の豊かさとは、長年同じ仕事に単に携わってきたことではなく、自分にとって大事な体験を在庫品として蓄え、きちんと取り出せ、人に伝えることができることである。経験を積むことはいくつもの才能であり、そのことに気づくことはさらに大きな才能である。
最近は小学校の設計やってて、
そもそも小学校って何だっけ?
教えるところ、教育、生きる、学ぶ,遊ぶ、恋する、手つなぐ、ケンカする、泣く、チューする、走る、叩く、好きって言う、嫌いって言ってみる、そろばんする、リコーダー吹く、泳ぐ、笑う、抱き合う、うんちする、いじめられる、チョコあげる、足し算する、絵を描く、本読む、モテる、スカートをめくる。
のぞく。
やべー変態小学生みたいじゃん。
でも、勉強するだけのとこじゃない。それだけは分かる。
なんで人は教えるのか。
例えば、ある人は、晴れた気持ちのいい日に、木陰でたまたま出会った子どもに、なんか気づいたら昔話を語ってて…
それが教える、教わるの初源的な出来事かもしれん。
新たな教育プログラムとか、先進的な教育方法、コンピュータ、英語教育。お受験
今の小学生は俺より大人なのか…そんなに理性的で、将来を見据えて、今に落とし込んで勉強すんのか。
小さな体験や小さな発見。
それは好きなコが髪の毛を切ったこと。
それは飼ってたオタマジャクシに足が生えたこと。
それは木にセミの抜け殻がついてたこと。
それは先生が悲しそうにしてたこと。
それは変なところに毛がはえてきたこと。
俺はそんなことが大事なんだと思う。
建築ができることは、小さい。一方で、大きい。
弱い。けど、強い。
だから、建築を設計するってことは、ただひたすらに、ささいな人の心の動きを想像して、その人たちのことを好きになって、その人たちが気持ちよく心が動くように、空間をそっと置くこと。
なんだと思う。
ってダタラメだけど、自分の言葉。
今、自分がいる場所。
ここは、長くて一歩先が霧で見えぬ明日の道。
だけど、自分の想像が絶えぬ限り
踏み固められた標識のある道よりも
この道を選び、歩き続ける。
そんな、ちょっとのわくわくと微笑ましい心のダンスを誘った本との出会いに感謝。



