今は2月12日。
去年書いた年賀状は墨で。

一月の末には。山梨の山中湖でスワンボートに乗ってきた。

卒論も提出して、残すは卒業式のみ。
今の自分が置いてる状況としては、
①大学4年で卒業間近の2月12日
②卒業後、ゼネコンで施工管理の仕事をすること
③時間を何に使おうが自由
④23歳
⑤世の中のことをちっとも分かっちゃいない。
そんなところ。
結局、卒論を出したあとにやってんのは、ただひたすら本を読む事。あとは映画を見たり。こうして文章を書いたり。それが今の自分で、それがすべて。他は何もない。
このまま何も考えなければ、企業でサラリーマンとして、日々労働するんだろう。休みにはサッカーしたり遊んだり、いずれ結婚でもして、子供でもできて…てな具合に。それを幸せと呼ぶのかもしれない。
けど、まぁお前はほんまにそれでええんか。それだけのもんか。と、問う自分もいる。
どうせ生きるならなんか成し遂げたいと思う。でも、正直なところそれが何なのかまだ分かってない。一方で、誰もお前に期待してないから、気負ってもしょうがないっていう自分もいる。
先のことを考えて、憂い、今を疎かにするくらいなら考えなくていい。そう思う。今、信じれる事、こうだと思う事に時間を使えば、気づいたら、その「先」に来てるじゃんって。
過去でもなく未来でもなく、今に生きる。
結局、抽象的になるんよ、お前は。
歴史、政治、経済、宗教、哲学、文化…そんなものに漠然と興味があって、すべての思考の前提となるようなものに興味がある。ぜんぜん教養がすっかり抜け落ちているのを今までほったらかしてきた。漢字が読めないのもそう。どんな専門性を身につけたとしても、人として尊敬されるのはこういう金にもなんないようなことを身につけてる人だとも思う。
どっか旅行するでもなく、こういう深みをつけたいなとまぁほんまに思うわ。
じゃけん、そういうのに時間を使おう。今を。
仕事が始まって予想できるのは、
①時間が限られること
②寮生活で多くの人との共同生活
③仕事ができなくて、日々その勉強であること
④企業の一人として責任を負うこと
⑤ある一つの土地で、建物を建てる。それに関わること
⑥労働者であり、給料をもらうこと
⑦職人さん、上司、取引先、同僚等々多くの関係者がいること
とか。
そんななかで、ひたすら誰とも交じることなく、本と対峙できるのは、今だけ。大事に使おう。今を。
ゆうても、まだまだ23の若造だよ。考えて考えて考え抜いたあげく、崖から飛び降りる。これをあと何回できるだろうか。人生の中で。
土台。
思考の前提としての知識、教養。この部分がまだまだ弱すぎる。これだな〜考えようにも、疑問を持つにも、まずは物事を知らないといけない。知ることで知らないことを知る。
あ〜そんなもんだ、今のお前は。
「日々是好日」
じいちゃんが書いてくれた書。まずは、一日一日を大切に。
んじゃ、とりあえず、今日という日を大切にしよう。
2 件のコメント:
Your draws are great but I don't understand a word of what you wrote!!!!!
it's a pitti...
Thanks! Natalia.
They are letters for Friends.
'Nengajyou'.That is to say New Year's card .
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