2009年2月16日月曜日

門出。 僕と菜根譚

昨日は千葉市で一番いいお店炭火焼Cuisine 菜根譚の岡田さんに自宅で僕の大学卒業を祝っていただいた。

19歳の時に半年ほど、大学に復学してから丸2年間お世話になり、先月の末日が最後の出勤でした。

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

大学の椅子に座っているだけでは絶対に得られない、形にも成績にもならないような財産を僕は菜根譚でもらったような気がします。

今は分からなくても、それがのちのち意味をもってくればそれでいいなと。




19歳の当時を振り返ると、

「なんで俺がこんなとこで立ちんぼなんや、皿洗いなんかゆっくりでええわ」

そんなふうにぼやいてたことが懐かしい。


そして、お客さんにも笑顔で接客できない。


一方的に指示されるのが悔しくて反発してた。


それから、お客さんに説教されてカウンターで半泣きになったこともあった。

これは復学して戻ったときに分かったことだけど、そのお客さんは県会議員の方で、世襲ではなく、30そこそこで当選し、以降もずっとトップ当選をされてるそうで。

自分のやりたいことを追求していないこと、大学というぬるま湯に甘んじていること。丸裸にされた。

「それを実現するためには何が必要で、どうやってやるのか。それを考えて、行動していないようでは、子供が絵を描いてこんなふうになりたい~と言っているのと同じだ」

今でもその時の会話を容易に思い出すことができる。



本当に記憶に残っているのは、自分の中で葛藤や悔しさがぐるぐる回ってた時のこと。

平生でいられない居心地の悪さが記憶をよりいっそう強いものにするのかもしれない。



復学して、戻った自分には菜根譚の景色が違って見えた。

何かに人が接しているとき、そこから何を感じ取れるかは、受け手次第でまったく異なったものになる。


まったくその通りだった。


そして、2年の年月を経て、働くということはお金を稼ぐ手段である以上に、生きることそのもの。そういうことを身体で覚えたんだと思う。



仕事を通じて出会ったたくさんのお客さんに、僕は育ててもらった。

一つ一つの会話がちょっとずつ積み重なって、そこに関係性が築かれていく。

知らず知らずに、そこに築いた目には見えない宝物で僕は生きてる実感を少なからず感じていたんだと思う。


大学時代、何度もぶっ壊した自分というお城は今では過去の産物。

ようやくしっかりしてきた土台を大切にして、今後歩んでいきたいと思う。



最後に、岡田さんからのメッセージを。



これから5年の間にどれだけ失敗して怒られるかだよ。失敗するってことはチャレンジしてるっていうことだ。

純粋であること。それが自己の満足度も高めるんじゃないかな。




この言葉を忘れることなく。



これからの時代を担う一人として、自分を高めていきたい

ここに表明して終わりです。

謙虚に。驕ることなく。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

卒業おめでとう。

思考というのは粘土と一緒で空気に触れるうちに乾いて固くなる。固くなる前に形を作るのだがなかなかうまくいくものではない。水分を与えながら、空気の湿度を維持しながら。

社会は学生時代よりも空気が乾いていると思う。もちろん場所と人によるものだけれども。

潤いのある環境で、瑞々しい感性を持って、自由な自己を形成してもらいたいと思います。

次会うときが楽しみだ。



おめでとう。

Suguru さんのコメント...

さわやさん、ありがとうございます。


粘土。ほんとその通りですね。


田口選手のメール、糸井さんとの対談も見ましたよ。

瑞々しいっすね。引き込まれました。


将来はあんな感じで対談しましょう。
いや、します。


何より、さわやさんの紡ぎだす丁寧な軌跡が僕にとっての潤いですよ。


ぜひ、またお会いしましょう。